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目の前の女子の背中のブラジャーの紐にかぶさるシャツが汗ばむ
 
テレビには様々なタイプの女優が出てくる。
それを見て考えることは、男なら誰しも同じだと思うのだが、
演技が上手いかどうかなんてことではなく、
若いかどうかでも、美人かどうかでもなく、ただ一つ、
好みかどうかだろう。

グラビア雑誌を眺めながら、
あるいは、アイドルグループの女の子の名前を挙げながら、
「俺だったら誰がいいか」
を熱心に語り合う中学生のような心を、男はずっと持ち続けるのであり、
自分の好みかどうかという視点を抜きに女性を見ることは、
一生できないだろうと思う。

という前振りからは唐突なのだが、今日は短歌の話をしたい。
短歌というのは57577のあれだ。
読書家ではない僕に、
短歌は全然似合っていないという自覚はあるのだが、
なぜか、最近、短歌が好きなのだ。

そして、短歌を読むときも、作者が女性の場合には、
「女として自分の好みのタイプかどうか」
ばかり考える。
短歌は基本的に作者=私として語られる詩形なので、
作者の人柄が見えやすいのだ。

そこで、いきなりなのだが、
「女として一番好みな歌人」発表をしてみたい。
短歌を読み始めてすぐに惹かれ、
読み進めるたびにその思いを強くしている
河野裕子である。

たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか(河野裕子)

はい、今すぐに! 
という屈託のない返答なんてできないくらい、
どきっとさせられてしまう。
すくったところでほとんどがばらばら落ちてしまうような
落葉に例えて表現したのは、
自分をさらうことなんて不可能だとの認識からだろう。
にもかかわらず、さらわれたいという思いからも目を逸らさない。
「たとへば君」
と呼び止められたまま、射すくめられそうだ。

子がわれかわれが子なのかわからぬまで子を抱き湯に入り子を抱き眠る(河野裕子)
日向より戻りし吾子が胸に来て匂ひふさふさと眠りてゆけり( 〃 )


母になった自分の体を通して感受された濃密な喜びといった感じだろうか。
青春期とは違う、ふくよかな輝きを感じる。
河野裕子には
「生まれ来しわれの暗さに遡行してほたるは水に触れつつ飛べり」
といった歌もあり、
どこかに暗さを秘めているような人だけれど、一方で、
肉体というものへの厚い信頼も感じる。

何日もかかりてこの子が作りたる木製ラジオ不思議かな鳴るなり(河野裕子)
今そこに林檎をかじりてをりたるが忽然と居らず息子といふは( 〃 )


こちらは、子どもが成人した後の歌。
楽しんでいる感じがいい。
母親くらい年齢が上の方への表現としては不適切かもしれないが、
とても可愛いと思う。
愛嬌があるという言い方の方が妥当かな。
年齢相応の人間像としてとても可愛いのだ。
そして、
年々それが増しているように思う。

お話のお婆さんのやう 遠近のふたつの眼鏡使ふハメになる(河野裕子)


   Naef_Cubicus_Broccoli
     “ブロッコリー”
     Cubics/Naef

おまけ短歌
青空を犯したような夕立で洗いざらした夢でもくらえ


今回のCubicsのパターンは、キューコンでも同案が出ていたもの。
自分が考えたものと同案だったのは、応募作全126作の中で、唯一これだけです。
単純な積み木なのに、積む人によって全然結果が違うというのが面白いですね。

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[2008/08/04 22:33] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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